『カラスの対話』シリーズ

『カラスの対話』Vol.1
C4CACD46-E50E-4E5F-BCDB-17374061C862.JPEG

 

 

 

 

 

 

    2010 ⇒ 2020

 

 

K久しぶりですが、今日は2020年の 4/11 。

いよいよ2020年...と思っていた数ヶ月前とは 世界の状況が一変 してしまったね。」

 

 

 

 

S「うん。本当に。

でもそれは、一変してしまったのか、もしかしたら実は それ以前からそうだった のかもしれない、と思ったり。」

 

 

 

 

K「それ以前からとは?」

 

 

 

 

S例えば都市圏とかでちょっと前からあった、社会のルールに沿わない人を批難する雰囲気とか、そういうものが今回のことで前面に出てきたような。」

 

 

 

 

K「まあ、確かにある側面からはそうともいえるかも。

ただ実際、人間の意識、社会の意識 としては、これまでとは明らかに異なる状況にあるよね。

たとえば、この『カラスの対話』を始めたのはコルヴス結成して間も無く?」

 

 

 

 

S「たしかそうだったかと。」

 

 

 

 

K「 2010年あたりだと思うけれど、まだLINEとかあったかどうか。」

 

 

 

 

S「だって作品中で "ねぇ、ツイッターって知ってる?" っていうセリフがあったくらい。」(『血と雪』2011年3月12-13日@テルプシコール)

 

 

 

 

K「そうだったね。

いまは、世界中がオンライン でオンタイムでコミュニケーション取れるようになって、超高度情報化のインフラが整ったわけだけど。

そういう時代のこの状況と、当たり前だけど、10年前に同じような パンデミック が起きた場合っていうのは明らかに異なる。」

 

 

 

 

S「もちろん、そう思う。

ただ整ったインフラがあるが故の、今の状況の不自由さを感じる。」

 

 

 

 

K「たとえば?」

 

 

 

 

S「おそらく、自分たちが思っている以上に、身体は からやってくる情報に、より影響を受けやすくなっていて。」

 

 

 

 

K「なるほど。

それは、この10年くらいの間に?」

 

 

 

 

S「そう、10年くらいの間に端末が相当な進化を遂げたことを考えると、情報に影響されやすくなったと言うよりは、デバイスと身体を切り離しにくくなった のかもしれない。

意識的にならないと、オフラインにできない。」

 

 

 

 

K「そうだね。

いまは日常がオンライン。

ほんの十数年前までは、オフラインが日常だった 。

人がデバイスを介して繋がることには、むしろ意識的にならないと向き合えなかったけど、逆に、生の触れ合いというのは無意識に身体感覚の根底にあった。

いまはそれが完全に裏返った時代だよね。

身体感覚的直観 が人間を動かすのではなく、外からの情報によって人間が動かされているような。」

 

 

 

 

S「うん。全くそう思う。

そして今回のパンデミックが、そのことをさらに一段階推し進めている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    『身体的直観』<『情報』という時代

 

 

K「ある意味、『情報』が生命を守る、という意識 が、いま社会のマジョリティとなった。

かつては、お婆さんの知恵袋というか、身体感覚的直観によって生命は守られていたような。

たとえば感染病と人間の関係って、これまでの人類史のなかでもパンデミックによって世界史が塗り変えられてきた側面とかがあるわけで。

人間の 意識変革の契機 になる出来事として語られるよね。

かつて人は、細菌もウイルスという存在も知らなかったわけで。

昔の人は、感染予防に石鹸手洗い、うがいなどしなかっただろうし、動物や蚊がウイルスを運ぶとも思いもよらなかった。

そう考えると、今回の出来事が人類史に新たな意識変革を起こすとすれば、いま、人と会えず、家の中にいること、これまでのような人と人との生の触れ合いというものを極力避けなければならないという世界になっていった時、どうなるのだろうかと。」

 

 

 

 

S「少し論点がずれるけど、ウイルス進化論 という説があって。ウイルスは人間の細胞に侵入すると、一度自らをバラバラに解体して人間の細胞を素材にして自らを再構築して増殖する。

その時に人間のDNA情報も上書きされている、という説。

この説からすれば、人間は外部からのウイルス感染によって進化していった。おそらく、身体だけでなく意識も。

例えば小さい子どもは、高熱を出した後には急激に意識が変わる。」

 

 

 

 

K「たしかに。人類を一人の子供と考えると、まさに。

感染病と共に人類の意識も変化してきている。」

 

 

 

 

S「俗にいう知恵熱だね。ということは、パンデミックは人類全体の知恵熱とも言える。」

 

 

 

 

K「パンデミックと言われているこの状況が引き起こしていることって、一人一人の生活はもちろん、実際、これまでの社会構造を一気に変えてしまおうとしてるよね。地球規模で。」

 

 

 

 

S「はい。おそらく、誰とも会わず家にいる、できる限り人との接触を避けるということがもたらすのは、感染症予防以上の何かなのでは。」

 

 

 

 

K「少し観点がずれるかもしれないけれど、今そこにある危機 、というのは、ある種の 連帯意識 を生むわけで、それは別な言い方をすると、全体主義的な意識にもつながりかねないような気がしていて。」

 

 

 

 

S「まさに、そうですね。」

 

 

 

 

K「それは、いま起きていることとしては、見えない敵とされたウイルスが、人々の間に不安と恐怖を引き起こしている状態。

そして、生命を守るため、という大義のもとに、逆に、人と人の間から生が奪われている。

そのなかで、打開策としてその善し悪しはともかく、人間関係も、経済活動も、教育現場もオンライン化していく流れが出来つつあるよね。」

 

 

 

 

S「そうだね。面白いように、急激に流れが出来上がっていってる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    オンラインとオフライン

 

 

S「少し話題は変わりますが、コルヴス作品ではないけど、数年前に『毒と劔』(2015年2月14日-15日@セッションハウス)という作品があったよね。ケンさんの。」

 

 

 

 

K「はい。5、6年ほど前の作品。」

 

 

 

 

S「その時にEdgeという番組で特集されたインタビューの中で、中央線から見る東京の街が焼け野原に見える、という話があったと思うんだけど。」

 

 

 

 

K「そうね。cs放送のドキュメンタリー番組で。」

 

 

 

 

S「最近そのことを思い出して。

今、ひと気の無い東京の街を見ているとなんだか、一面の焼け野原だ、という感覚があって。」

 

 

 

 

K「はい。」

 

 

 

 

S「あるフィルターを通して見ると、オンライン身体とオフライン身体の戦争起こっていて、今はまさにオンライン身体の絨毯爆撃中。」

 

 

 

 

K「なるほど。」

 

 

 

 

S「さっきの話にもあったけど、おそらくこの流れは全ての局面で止まらない。」

 

 

 

 

K「そうだね、今後、必ずその方向に進むという空気がある。時代に。

で、そのことでいうと、時代としては、オンラインとオフラインの戦争はすでに違うフェーズに入っていると思う。」

 

 

 

 

S「どういうこと?」

 

 

 

 

K「つまり、すでに現実の地平はオンライン化へ有無を言わせぬ流れがあり、それは止められない。

そこに戦いがもしあるとすれば、人間の意識、知覚をもオンライン化する世界を是とするかいう局面。」

 

 

 

 

S「うーん、なるほど。」

 

 

 

 

K「とはいえ、個人的には、オフラインとオンライン、そこにすでに戦争という言葉は当てはまらないと思っていて。

どういうことかというと、戦争、という言葉はそこに 分断 を生む、オンラインかオフラインか、という二者択一によって、そこに 分断 が生まれるということにむしろ危機を感じる。

人間のオンライン化がこれからますます現実化していった時に、それはすごく思うことで。」

 

 

 

 

S「なるほど、分断というキーワードは重い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    分断、見えない危機

 

 

K「それは、さっき言った『今そこにある危機』ということにも繋がるのだけれど。

今そこにある危機に人類が一丸となって立ち向かう、という構図は、そこに立ち向かわない人を、分断する。

たとえば、日本で言えば、日々凄まじい数の自殺者がいる。」

 

 

 

 

S「年間、3万人以上と言われていますね。」

 

 

 

 

K「そう、で、そういう人にとっては、このウイルスの感染拡大に命が脅かされているわけではなくても、いまみずからの死という危機がそこにある。

けれど、それは見えない

 

 

 

 

S「そういう意味で、今の時代は 情報として触れるものが全て とも言える。」

 

 

 

 

K「 そういう 情報化されない見えない危機 というのは、もしかしたらウイルス以上かもしれない。

けれど、自殺者は医療崩壊を起こさない。

いま医療従事者が英雄視され、ウイルスを敵として、人類とウイルスとの戦争が叫ばれるけど。

けれど、TVでいう医療というのはそのほとんどが西洋医学を指すわけで、東洋的なウイルスとの向き合い方は見えなくされてる。

そこにも、ある種の分断を感じるわけ。」

 

 

 

 

S「さっきの「分断」というキーワードに関して、さっきオンラインとオフラインの戦争という言い方をした時に、ニュアンス的に人対人と言うよりは、個の人間の中 での戦争というイメージで。

そういう意味で言えば、敵を外側に想定するのが西洋的な見方だとすると、

東洋的、あるいは本来の日本的な向かい合い方に諸々の課題に対する糸口があるような。」

 

 

 

 

K「そうかもしれない。ウイルスは生物と非生物の中間の物体とも言われてるけど、そういう存在に物質的に向き合うというのは、その根底には 西洋的な唯物的な意識 があるような気がする。

よく専門家、という言葉が使われるけれど、人間や世界を分割し、専門分野から世界を見るというのは、それ自体とても近代西洋科学的な人間観、世界観だと。」

 

 

 

 

S「よくわかります。

今は、その西洋科学的な世界観から遡って、ギリシャ時代、西洋ルネサンスのような 科学と芸術と宗教が不可分だった時代の身体 が、また違う形をとって現れなければいけない時代。本来は。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    情報と集合無意識について

 

 

S「突然だけど、身体のオンライン化、デバイス無しで可能かな。」

 

 

 

 

K「これからそうなると思う。」

 

 

 

 

S「そしてネット接続も無し。

つまり、裏返せるかという。」

 

 

 

 

K「きっとこれからは、いまハードとしてあるデバイスが、よりウェアラブル、そして インプラント という流れに絶対なっていくと思うんだよね。

でも、それもネットを通じたオンライン化で。

その、裏返す、というのは?」

 

 

 

 

S「はい。そのことと正反対の方向性で。

最近、体感的に、意識が現実化するスピードが速くなっている気がしていて。

つまり、いわゆる西洋科学的な 昼間の身体に、夜寝ている間の身体が関わる比率 が増えていると感じていて。

個人的な体感ですが、今まで夢というのものをほぼ見ないか、覚えていないことが多かったのだけど、最近特に夢と現実の境界が近くなってきている気がして。

つまり、寝ている間は、逆の意味でのオンラインという感じ。」

 

 

 

 

K「えーと、それはどういう意味?」

 

 

 

 

S「ちょっとわけがわからなくなってきていますが・・・ 

オイリュトミー的な世界観で言えば、外側に現象としてあるものは内側にその起因を持つ という観点からすると、いわゆるインターネットを介した、世界中の情報をオンタイムで結んでいる オンライン状態は 、夜寝ている間私たちが世界の全てと繋がっている、いわば集合無意識の鏡写し と言ったら良いのか。
つまり、裏返せるかというのは、ネットやデバイスを介したオンラインから脱却して、本来全ての人間が繋がっているところの根源的な意識に自覚的になれるか、という感じかな。」

 

 

 

 

 

K「うーん、脱却か・・・

というよりは、これからますます世界がオンライン化していくほど、逆に無意識な身体の闇をもっと明るくしていく力がないと、と思う。

・・・オンラインとオフライン、

今そこにある危機と見えなくされている危機、

西洋と東洋、

目覚めている時の情報世界と、睡眠中の身体、

それから、分断・・・」

 

 

 

 

S「何かが見えてきそうな。」

 

 

 

 

K「そうですね。

一度、今日はここまでにしますか。」

 

 

 

 

S「では、また近日。」

 

 

 

 

2020.4.11 "カラスのオンライン対話" より

*この対話はチャットによって行われたものです。

 

 

 

 

 

『カラスの対話』TOPへ

 

 

 

 

 

 

1